私がカウンセリング資格を掲載しないワケ
私がわざわざプロフィールに資格を列挙しない理由はいくつかあります。
その答えを一言で言うなら、
人の心を豊かにするために、「資格だけ」が必要なのではないと分かったからです。
もちろん、資格がないわけではありません。
ただ、私は「どんな資格を持っているか」だけで、自分のカウンセリングを判断していただきたいとは思っていません。
私がこれまで何を学び、どんな経験をしてきたのか。
そして、実際に目の前の方とどのように向き合っているのか。
私は、そちらのほうを知っていただきたいと思っています。
Table of Contents
人を支えるのに、資格だけが必要なのだろうか
昔々、私が小学生の頃、テレビで川で溺れている人を救命し、表彰されていた学生を見たことがあります。
その人は、テレビで見て知った人工呼吸法を使って、その方を助けたそうです。
特別な救命資格を持っていたわけではありません。
それでも、目の前の人を助けようと行動した。
子どもだった私は、そのことに深く感動しました。
また、飛び降りをしようとしていた方に、近所の老人が声をかけたという話を聞いたことがあります。
その方は、遠くから「おーい」と声をかけ、その後は隣に腰を掛け、ただ話を聞いていたそうです。
特別なことをしたわけではありません。
でも、その人のそばにいて、話を聞いた。
それだけでも、人の心を支えることができるのだと思いました。
カウンセラーは、医師のように病気を治療することだけが役割ではありません。
私は、カウンセラーの役割の一つは、
本人が自分自身の中にある気づきに気づけるよう、そっとお手伝いすること
なのではないかと思っています。
だから私は、資格の有無だけではなく、
知識、経験、実践、そして人と向き合う力。
そうしたものの積み重ねが大切なのだと考えるようになりました。
資格よりも、経験と共感力を大切にしたい
「資格があったほうが、プロフィールに箔がつくのでは?」
「Google口コミなどで資格がないと書かれないためにも、取得しておいたほうがいいのでは?」
「クライアント様がカウンセラーを選ぶときの安心材料になるのでは?」
そんなことを、周囲の友人カウンセラーから言われることもありました。
もちろん、それも一つの考え方だと思います。
資格には、一定の教育や研修を受けたことを示す意味があります。
相談する側にとっても、安心材料の一つになるでしょう。
私自身も、資格そのものに意味がないとは考えていません。
ただ、長年この仕事を続けてきた中で、私は少しずつ、
「資格を持っていること」と「目の前の人の力になれること」は、必ずしも同じではない
と感じるようになりました。
大切なのは、資格を持っているかどうかだけではなく、
その知識をどう使うのか。
その人の話をどれだけ聴けるのか。
どれだけ相手の立場に立って考えられるのか。
そして、目の前の方と信頼関係を築けるのか。
私は、そうした部分を大切にしています。
また、以前から私が好きで読んでいた心屋仁之助さんのブログに、資格についてとても印象に残っている記事があります。
その記事では、国家資格を持つ方から「何年も学び、国家試験にも合格したのに、無資格の人と一緒にされたら困る」という思いが寄せられています。
それに対して心屋さんは、「資格に偏っても、資格は不要に偏っても仕方ない。どちらもいい。偏って問題が出たら修正して、自分の軸を作っていけばいい」という趣旨のことを書かれていました。
この記事を読んだとき、私はとても共感しました。
私自身も、「資格なんて必要ない」と言いたいわけではありません。
資格には資格の意味があります。
ただ、資格があることだけに価値を置くのも、反対に資格がないことを誇りにするのも、どちらも少し違うのではないかと思っています。
大切なのは、自分が何を学び、どんな経験を積み、それを目の前の方のためにどう活かしていくのか。
私は、そこに自分自身の軸を置いています。
https://ameblo.jp/kokoro-ya/entry-11974705916.html
また、
私が好きな精神科医にTomy先生がおられます。ツイッターでも有名ですね^^

先生の発信の中で、精神科医として身につけた知識が、自分自身の苦しみには思うように当てはまらなかったというお話がありました。
私は、その考え方にとても共感しました。
専門的な知識は、もちろん大切です。
しかし、人間は一人ひとり違います。
同じような悩みを抱えていても、その背景にある人生や価値観、経験は違います。
だからこそ、
「この資格を持っているから、この人なら大丈夫」
と資格だけで判断するのではなく、
「この人なら安心して話せそう」
「この人の考え方は、自分に合っているかもしれない」
という部分も大切なのではないでしょうか。
私自身も、実際の臨床経験を重ねる中で、
「資格があること」と「目の前の方の問題解決に役立てること」は、必ずしも同じではないと感じるようになりました。
もちろん、資格そのものを否定しているわけではありません。
臨床心理士、公認心理師、心理療法士など、それぞれの資格には、それぞれの成り立ちや教育内容、専門性があります。
私の場合は、必要だと感じた知識や技法について、国内外のセミナーに参加したり、自分自身で学びを深めたり、実際の臨床経験を積み重ねたりしながら、現在のカウンセリングを行っています。
今後、身につけたい手法が見つかり、
「この資格を取得しなければ、その知識や技法を正式に学ぶことができない」
ということであれば、その時には資格取得を選択することもあると思います。
ただ、現時点では資格そのものを目的とするのではなく、
実際に相談に来られた方のお悩みに向き合い、少しでも問題の解決や心の変化につなげられること
を大切にしています。
ありがたいことに、これまでの学びや経験、そして実践を通して、資格の有無にかかわらず仕事として成り立たせていただいています。
私にとっては、
「どの資格を持っているか」だけではなく、「その知識や経験を、目の前の方のためにどのように活かせるか」
が大切なのです。
公認心理師の資格を取得していない理由
私は、公認心理師という国家資格が創設される以前から、長年にわたりカウンセラーとして相談業務に携わってまいりました。
公認心理師は比較的新しく設けられた国家資格で、第1回国家試験が実施されたのは2018年です。
私はそれ以前からすでにカウンセラーとして活動しており、現在まで数多くのご相談と向き合いながら、実務経験と専門知識を積み重ねてまいりました。
公認心理師の資格は保有しておりません。
制度開始以前から実務に従事してきた私が、現在の養成課程に沿って新たに資格取得を目指す場合、仕事を継続しながら大学等で必要な課程や実習を履修することには、時間的にも現実的にも大きな負担があります。
私は、その時間を資格取得だけのために使うよりも、
これまでの経験をさらに深めること。
必要な知識や技法をその都度学ぶこと。
そして、実際に相談に来てくださる方と向き合うこと。
そのほうが、現在の私にとって意味のある学びになると考えています。
もちろん、だからといって「公認心理師という資格が必要ない」と考えているわけではありません。
資格を取得することには、一定の教育や実習を受けたことを示すという大きな意味があります。
ただ、私自身は、自分がこれまで歩んできた経歴や現在の仕事のスタイルを考えたうえで、現時点では資格取得を選択していないということです。
資格の有無についてご不安をお持ちの方には、この点をご理解いただいたうえで、ご自身に合うカウンセラーかどうかをご判断いただければ幸いです。
心理学との出会い
小学生、中学生の頃、私はアトピー性皮膚炎が原因で、
「キモイ」
「触るとうつる」
など、ひどいいじめを受けていました。
まるでばい菌のように扱われ、
「妖怪」
「化け物」
「ゾンビ」
「赤鬼」
などと呼ばれ、
「死ね、死ね」
と言われる日々。
毎日のように泣いていました。

もともとHSPの気質があり、繊細だった私の心は、小学校、中学校と、自分自身を否定されるような経験を繰り返す中で、少しずつ、そして確実に傷ついていきました。
当時は全身にアトピーがあり、現在はすっかり良くなっていますが、当時の皮膚の状態はかなりひどいものでした。
身長も男性としては低く161cmしかなく、それも含めて容姿をからかわれることがありました。
そして、父親からまで、
「気持ち悪い」
「化け物のようだ」
と言われたことは、子どもだった私にはさすがにこたえました。
そんな経験の中で、
「人は見た目じゃない」
「泣いてばかりいる自分ではダメなんだ」
そんな思いが、少しずつ自分の中に生まれていきました。
そして、いつしか私は、
「人はなぜ傷つくのか?」
「なぜ人は人を傷つけるのか?」
「人の心は、どうすれば変わっていくのか?」
そんな、人の心そのものに興味を持つようになりました。
もともとHSPの気質もあり、人間観察が好きでした。
勉強が特別好きな子どもだったわけではありません(笑)。
それでも、ドラマやアニメ、ドキュメンタリーなどを見ていると、登場する人たちの言葉や行動、その裏にある感情や心理が気になって仕方がありませんでした。
「この人は、なぜこんなことを言うんだろう?」
「なぜ、この人はこんな行動をするんだろう?」
そんなことを考えるのが、いつの間にか好きになっていました。
そして、
「心理学の本なら、自分にも読めるかもしれない」
と思い、独学で心理学の勉強を始めました。
振り返ってみると、私が人の心について学び始めた原点は、自分自身が心を傷つけられ、
「人の心とは何なのか」
を知りたいと思ったことでした。
それが、私が心理やカウンセリングについて学び続けるようになった原点なのだと思います。
この時点では、まさか自分が人の心やカウンセリングを仕事にするなんて、夢にも思っていませんでした。
ましてや、私は勉強があまり好きではなく、成績も決して良いほうではありませんでした。
また、家庭の中にもいろいろな問題を抱えていたため、
「できるだけ早く働いてお金を稼ぎ、家を出たい」
という気持ちが強くありました。
そこで、普通高校ではなく、工業高校の電気科へ進学することを選びました。
父親が自営業でシャッター取付けの仕事をしていたこともあり、将来の仕事について深く考えていたわけではなく、「なんとなく」というのが正直なところだったと思います。
高校卒業後は、電気工事会社に就職し、できるだけ早くお金を貯めて家を出ようと考えていました。
しかし、社会に出てみると、現実はそう簡単ではありませんでした。
毎日の仕事に追われ、次第にストレスがたまり、もともと悩んでいたアトピーも悪化。
体調も崩し、心も身体も疲れ切っていきました。
そして、約3年間働いた頃、
「このままではいけないんじゃないか」
と、自分自身のこれからを考えるようになりました。
そのときに思い出したのが、高校時代や会社員時代に、先輩や後輩からいろいろな相談や悩みを聞くことが多く、
「話を聞いてもらえてよかった」
と喜んでもらえていたことでした。
もともと人間観察が好きだったこと。
そして、自分自身がアトピーをはじめ、身体のさまざまな不調を経験してきたこと。
振り返ってみると、私は幼い頃から病院だけでなく、鍼灸、整体、漢方など、さまざまな治療や施術のお世話になっていました。
「人の話を聞くことが好き」
「人の心や身体に興味がある」
「自分自身も、心と身体の不調を経験してきた」
この3つを考え合わせたとき、
「もう一度学校に入って、今度は人の心と身体について本格的に勉強してみよう」
そう思い、行動を起こしました。
そこで出会ったのが、日本整体心理学研究所(ジャパン・ヘルスサイエンス専門学院/JHSC)でした。
ここでは、西洋医学、東洋医学、心理学など、心と身体について幅広く学びました。
昼間は働きながら学費を稼ぎ、夜は学校へ通うという生活を2年間続けました。
決して楽な生活ではありませんでしたが、
「もっと人の心と身体について知りたい」
という思いがあったので、何とか続けることができました。
そして卒業後は、その専門学校の講師を務める機会をいただき、同時に付属治療院では副院長も経験させていただきました。
そこからさらに数年。
ピースボート(世界一周する船)に、整体とメンタルカウンセリングの仕事で乗船させていただく機会にも恵まれました。
その後も、整形外科でリハビリに従事したり、デイケアの立ち上げを経験したり、地域の方を対象とした出張整体・カウンセリング、気功教室、セミナー講師など、さまざまな経験を積んできました。
そうした経験を重ねる中で、私は、
「心と身体の両方から人を支えていきたい」
という思いを強くするようになり、「心療整体師」として開業することを決めました。
そして、院名を「みこころ整体院」と名付けました。
「身」と「心」。
身体と心、その両方が元気になってほしい。
そんな思いを込めて、「みこころ」という名前にしました。
開業当初は、整体をすることがメインでした。
ところが、実際に多くの方のお話を伺っていると、身体の不調の背景には、ストレスや人間関係、仕事、家庭環境など、心の問題が関係していることも少なくありませんでした。
そのため、施術前の問診に時間をかけることが次第に増えていきました。
そして気がつくと、整体をせずにカウンセリングだけで終わっていることも、少なくありませんでした。
そんな中、クライアント様から、
「カウンセリングだけでも来ていいですか?」
と声をかけていただくことが増えていきました。
それがきっかけとなり、大阪阿倍野まことカウンセリングルームを併設することにしました。
そして、カウンセリングだけでも多くの方にご利用いただき、少しずつ実績を積み重ねていくことができました。
振り返ってみると、私が心理学やカウンセリングについて学び始めてから、30年以上になります。
もちろん、30年以上学んできたからといって、
「もう勉強する必要はない」
とは思っていません。
むしろ逆です。
人の心は非常に奥深く、学べば学ぶほど、
「まだまだ知らないことがある」
と感じます。
だからこそ、今でも勉強は続けています。
海外のセミナーに参加したり、心理学や心理療法に関する洋書を読んだり、新しい知識や技法を学んだり。
今でも、ほぼ毎日のように何かしら学んでいます。
家族や子どもからは、心理学の本やDVDが届くたびに、
「また心理学の本買ってる!!」
と言われていますが(笑)。
それくらい、私は今でも人の心について学ぶことが好きなのだと思います。
振り返ってみれば、私の心理学との出会いは、決して華々しいものではありませんでした。
いじめられ、傷つき、毎日のように泣いていた子ども時代。
自分自身に自信を持てず、人の心について知りたいと思ったこと。
勉強嫌いだった私が、社会人になってからもう一度学校に入り、心と身体について学んだこと。
そして、さまざまな現場で人と向き合い、経験を積み重ねてきたこと。
その一つひとつが、今の私につながっています。
だからこそ、これからも学ぶことをやめず、これまでの経験を誰かのために活かしていきたいと思っています。
私にとって心理学やカウンセリングは、単なる仕事ではありません。
自分自身が傷ついた経験から始まり、長年にわたって学び続けてきたもの。
そして、これからもずっと学び続けていきたいものなのです。
資格を持つという不自由さ
資格を取得することには、もちろんメリットがあります。
一定の知識や教育を身につけたことを証明できることや、相談する側にとって安心材料になることもあるでしょう。

一方で、資格を取得することが、すべての人にとって最善の選択になるとは限りません。
私自身、心理職の資格が制度化される以前から、整体やカウンセリングの現場で経験を積み、すでに独立開業して活動してきました。
そのため、今から資格を取得することだけを目的として、時間を作り、大学などで基礎的な知識を一から学び直すことが、現在の私にとって本当に必要なことなのかを考えました。
すでに現場で多くの方と向き合い、実践を積み重ねてきた私にとっては、資格取得のための学びだけに時間を使うよりも、これまでの経験をさらに深め、必要な知識や技術をその都度学んでいくことのほうが、より有益だと考えています。
また、資格によっては、取得後に特定の協会や団体への所属が必要となったり、登録更新や活動に関する一定のルールが設けられていたりする場合があります。
カウンセリングの世界には、さまざまな資格や協会があります。
それぞれに、それぞれの目的や考え方があるのだと思います。
私は、特定の資格を取得することを目的にするのではなく、自分自身の責任において学び、必要だと思う知識や技術を取り入れながら、自由にカウンセリングを行っていきたいと考えています。
だからこそ私は、
「今、目の前にいる方にとって何が必要なのか」
を大切にしながら、これからも学びと実践を続けていきたいと思っています。
日本のカウンセラーのイメージの相違
私がカウンセリングというものを考えるうえで、昔見たある映画の影響を受けたことがあります。
海外で観た映画だったため、残念ながらタイトルは覚えていないのですが、その映画では、王国内でも名の知れた有資格のカウンセラーたちでは回復できなかった王の心の問題を、無名の下町に住む、いわば「資格を持たないカウンセラー」が支え、回復へと導いていくという物語が描かれていました。
また、『グッド・ウィル・ハンティング』も、私のカウンセリングに対する考え方に影響を与えた映画の一つです。
これらの作品を通して私が感じたのは、
「資格だけで、人を支える力が決まるわけではない」
ということでした。
もちろん、専門的な知識を学び、資格を取得することには大きな意味があります。
しかし、資格を持っていることと、実際に目の前にいる一人の人と信頼関係を築き、その人の心に寄り添いながらカウンセリングを行う力は、必ずしも同じものではありません。
カウンセラーとクライアントは「対等な関係」
私がカウンセリングで大切だと考えているのが、カウンセラーとクライアントとの関係性です。
カウンセラーが、
「私があなたを治してあげます」
という立場に立ち、クライアントが、
「先生、私を治してください」
と一方的に委ねてしまう。
私は、この関係だけでは、本当の意味での回復につながりにくいと考えています。
カウンセリングは、カウンセラーだけが頑張るものではありません。
カウンセラーとクライアントが一緒になって、現在抱えている問題を見つめ、考え、時には迷いながら、その人自身の力を取り戻していくものだと思っています。
そのためには、カウンセラーがクライアントを「治す側」、クライアントが「治される側」という上下関係ではなく、
「一緒に取り組む対等な関係」
を築くことが重要です。
そして、その土台になるのが「ラポール」です。
安心して話すことができる。
否定されないと感じられる。
自分の気持ちを理解してもらえていると感じられる。
そうした関係があってこそ、本当に心の奥にあるものを話すことができるのではないでしょうか。
資格と実力・経験は同じではありません
日本では、資格を持っていることが安心材料として受け止められることが多いと思います。
もちろん、国家資格や専門資格には、それぞれ一定の教育や知識を身につけた証としての意味があります。
しかし、
「資格を持っている=必ず良いカウンセリングができる」
というわけではありません。
逆に、
「資格を持っていない=カウンセリングができない」
とも限りません。
立派な大学を卒業し、国家資格である公認心理師や臨床心理士などの資格を持っていたとしても、それだけでクライアントとの相性や、カウンセリングの結果まで保証されるわけではありません。
資格はあくまでも、その人が一定の教育や研修を受けたことを示す一つの指標です。
実際のカウンセリングでは、それ以上に、
・目の前のクライアントをどれだけ理解できるか
・相手の気持ちにどれだけ共感できるか
・安心して話せる関係を築けるか
・その人の言葉の奥にあるものをどれだけ受け取れるか
・一人ひとりに合わせて柔軟に対応できるか
といった部分が重要になると私は考えています。
だからこそ私は、
資格の有無だけで判断するのではなく、その人がどんな経験をしてきたのか、どんな考え方で人と向き合っているのかも見ていただきたい
と思っています。
資格だけで人を判断しない
私自身、資格の有無だけで人の能力を判断することには違和感があります。
資格の世界では、ときに、
「何を持っているか」
が、
「何ができるか」
よりも重視されてしまうことがあります。
しかし、本当に大切なのは肩書きだけではありません。
その資格や知識を、目の前の人のためにどのように活かせるのか。
そして、資格がなくても、これまでどのような経験を積み、どのように人と向き合ってきたのか。
そこにも目を向ける必要があるのではないでしょうか。
もちろん、資格も一つの判断材料です。
ただ、それだけを唯一の基準にするのではなく、
「この人なら安心して話せる」
と思えるかどうか。
その人の考え方やカウンセリングに対する姿勢に、自分自身が納得できるかどうか。
そうしたことも大切なのだと思います。
カウンセリングは「治してもらう場所」ではない
私は、カウンセリングを「カウンセラーに治してもらう場所」だとは考えていません。
カウンセラーは、クライアントの人生を代わりに生きることも、問題を代わりに解決することもできません。
できるのは、その人が自分自身と向き合い、自分の力を取り戻していくための伴走者になることです。
だからこそ、私はカウンセラーとクライアントとの間に、上下関係ではなく信頼関係が必要だと考えています。
資格の有無だけを見るのではなく、
「この人なら安心して話せる」
「この人と一緒なら、自分自身と向き合っていけそうだ」
そう感じられるカウンセラーを選んでいただきたい。
資格も一つの判断材料です。
しかし、それだけで人を判断するのではなく、その人がどのような考え方で、どのようにクライアントと向き合っているのか。
私は、そこを見ていただくことも大切なのではないかと思っています。
クライアント様と紡ぐ共感力のオリジナルカウンセリング
「共感」という言葉は、とても身近で簡単な言葉に感じるかもしれません。
でも、本当の意味でその人に「共感する」ということは、決して簡単なことではないと私は考えています。
目の前にいる方が、これまでどんな人生を歩んできたのか。
どんな経験をして、どんなことを感じ、どんな思いを抱えながら、今日ここに来てくださったのか。
短い時間の中で、その方の人生に触れ、その世界を少しずつ理解していく。
そこには、知識や技術だけではなく、経験と感性、そして相手を理解しようとする姿勢が必要です。
私は、単なる「シンパシー」ではなく、「エンパシー」を大切にしています。
ここでいうエンパシーとは、相手の立場に立ち、その人が見ている世界を理解しようとすること。
「なぜ、この人はそう感じるのだろう?」
「この人にとって、この出来事にはどんな意味があるのだろう?」
そんなふうに、一人ひとりの心の中にある世界を一緒に探していくことを大切にしています。
そのために私は、これまで学んできたさまざまなカウンセリングの考え方や技法を組み合わせながら、目の前のクライアント様に合わせた、
MAKOTO式オリジナルカウンセリング
を行っています。
決まった型に無理に当てはめるのではなく、その方との出会いの中で、その方に合ったカウンセリングを一緒に紡いでいく。
そして私は、毎日のカウンセリングを通して、自分自身の「共感力」をこれからも磨き続けたいと思っています。
どうすれば、クライアント様とより深いラポールを築くことができるのか。
どうすれば、心が少し軽くなり、もっと楽しく、自分らしく生きていくためのきっかけを見つけていただけるのか。
どうすれば、誰かに答えを与えるのではなく、ご自身の中にある「はっとする気づき」や、
「自分で変わってみたい」
という動機に出会っていただけるのか。
その答えを、私はこれからも追求していきたいと思っています。
そして、いつの日か
これまでの経験と、クライアント様との一つひとつの出会いから学ばせていただいたことを形にして、
日本人の心や文化に合った、国内完全オリジナルのカウンセリング資格
をつくることも、私の夢の一つです。
これは、今ある資格制度を否定したいからではありません。
むしろ、私自身が長年の現場で感じてきたこと、学んできたこと、そしてクライアント様との出会いの中で培ってきたものを、いつか一つの形として残したいと思っているからです。
カウンセリングは、一方的に「してあげる」ものではないと思っています。
カウンセラーとクライアント様が出会い、言葉を交わし、一緒にその人だけの答えを紡いでいくもの。
資格があるか、ないか。
肩書きが立派かどうか。
それだけではなく、
「この人となら、一緒に自分の心を見つめていけそう」
と思っていただけること。
私は、そんなカウンセラーでありたいと思っています。
もし、私のカウンセリングに対する考え方や想いに共感してくださる方がいらっしゃいましたら、ぜひ一度、私のカウンセリングを受けてみてください。
あなたの人生を、あなたと一緒に見つめていく。
それが、カウンセラーまことの信念です。

まことカウンセリングルーム LINE@ID お得な情報配信中 予約可 @ywc6256h

大阪阿倍野まことカウンセリングルーム

もっとあなたらしく生きるためにご自宅で気楽にカウンセリング
大阪市阿倍野区美章園2丁目21-11 朝日プラザ美章園101号1階
ホームページ http://mikokoroseitai.com/
予約電話番号(予約優先) 06-6713-5855
メールでのご予約はこちら